永続敗戦

永続敗戦論
永続敗戦論

 201373日の朝日新聞朝刊のオピニオンで、「永続敗戦」の言葉を初めて聞いた。

 「永続敗戦論」を書かれた文化学園大学助教・白井聡さんの造語で、先の戦争で「敗戦」したにも関わらず、「終戦」としてすり替え、戦争責任をあいまいにしたまま現在に至っている。「敗戦」をなかったことにしていることが、今もなお日本政治や社会のありようを規定している。という。だから永遠に続く敗戦、未だに区切りがついていない、すべて先送りしてきた。

 敗戦後、物も心もぐちゃぐちゃに壊された日本は、アメリカの庇護の基に経済成長に邁進し今がある。敗戦後の日本の領土の画定はアメリカが行い、冷戦時代も今も、日本は実質的にアメリカの占領下にある。沖縄民の土地は二束三文で、米軍に貸しだされている。基地移転も、オスプレイ配備もアメリカの言うなり。いくら、アメリカからの独立を叫んでも、敗戦後の処理を自らやってきていないわけだから、何もできない。

 戦後の経済成長で頑張って、やっと一人前の国になれたと思っていたが、どうやら世界はその様には見てくれていないようだ。中国や韓国などは、「敗戦処理をきちんとやらないで、アメリカの庇護のもとに経済成長してきた敗戦国が偉そうにしている」と考えているようです。

 アメリカが大国だった時代が終わり、中国が経済力をつけてくると、アメリカ主導で決められた領土画定を覆そうと主張し始めている。

 私達日本人は、アメリカ主導の世界のパワーバランスの中で、北朝鮮を冷ややかに見ているが、そもそも北朝鮮は東西冷戦の結果、南北に引き裂かれた訳で、生き残りをかけて必死にあがいている側面がある。北朝鮮にしてみれば、先進国は無尽蔵に格核兵器を持ちながら、北朝鮮には持ってはいけないといわれる。全て戦勝国のルールで仕切られている。拉致の問題は国際犯罪だが、同様の犯罪はどこの国でもやってきたし、今もやっている。

 

 敗戦後、私達団塊の世代は、経済的に豊かになれば幸せになれると信じ、がむしゃらに働いてきたが、高度成長の後の停滞の20年の中で敗戦後を振り返ると、得たもの大きさと引き換えに、失ってきたものの大きさに愕然とする。

 水俣病は、最近の証言映像によると、昭和24年から水銀の毒を海に流し始めていた。にも関わらず、国と自治体首長及びチッソの経営者は、産業の成長を優先し、地元で苦しむ犠牲者を見て見ぬふりをして、切り捨てきた。当時の経済企画庁の課長補佐(故人)は、「産業性善説、国の経済成長を優先させ、地元に犠牲が出ても仕方がない、確信犯」の様な証言もあった。

 又、近年、生活は便利になり物は有り余っているが、格差は広がり、職に就けずに低所得にあえぎ、経済的理由や精神の病から自殺者が増え、人間関係の希薄化が進んでいる。世代間の対立もある。江戸時代までの、貧しかったが人が寄りそって生きてきた時代が懐かしい。

 結果として、戦後70年の経済成長は功もあったが、失ってきたものも大きいと言うことである。これからは、戦前までの良かった所を、全力で取り返しに行かなければならない。それは一次産業の農林水産業を取り返すことです。これまでに積み上げてきた技術をフルに活用して、地産地消、自給自足で、自らの食糧は自分で作る社会を作らねばなりません。現政権の成長戦略でも、農業の抜本的な再構築が取り上げられている。